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<title>消しゴムくんの独り言</title>
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<title>日本代表W杯クイズ</title>
<description> 日本代表のW杯に関するクイズを作ってみました。気軽に解いてみて下さい。答えは左クリックで反転させると見せるようになっています。1問目98W杯のアルゼンチン戦、シメオネのパスがある日本選手に当たり、結果的にバティストゥータの決勝点をアシストすることになります。その選手とは誰だったでしょうか？A.名波浩選手2問目98W杯のクロアチア戦、前半34分に右サイドから中田選手が中央の中山選手へとパスを通し、この試合最大の
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<![CDATA[ 日本代表のW杯に関するクイズを作ってみました。<br />気軽に解いてみて下さい。<br />答えは左クリックで反転させると見せるようになっています。<br /><br /><br /><font color="#99FFFF">1問目</font><br />98W杯のアルゼンチン戦、シメオネのパスがある日本選手に当たり、結果的にバティストゥータの決勝点をアシストすることになります。その選手とは誰だったでしょうか？<br /><br />A.<font color="#000033">名波浩選手</font><br /><br /><font color="#99FFFF">2問目</font><br />98W杯のクロアチア戦、前半34分に右サイドから中田選手が中央の中山選手へとパスを通し、この試合最大の日本のチャンスを作ります。この時中山選手のシュートを左手一本で防いだクロアチアのキーパーは誰だったでしょうか？<br /><br />A.<font color="#000033">ドラゼン・ラディッチ</font><br /><br /><font color="#99FFFF">3問目</font><br />98W杯のジャマイカ戦、日本代表のW杯での初ゴールが中山選手によって生まれます。この時、アシストしたロペス選手にロングパスを通した選手は誰だったでしょうか？<br /><br />A.<font color="#000033">相馬直樹選手</font><br /><br /><font color="#99FFFF">4問目</font><br />98W杯のジャマイカ戦の試合終了後、この日18歳の若さでW杯のピッチに立った小野選手はジャマイカのある選手とユニフォームを交換します。さて、この試合で2得点を決めた選手でもあったこのジャマイカ人とは誰だったでしょうか？<br /><br />A.<font color="#000033">セオドア・ウィットモア</font><br /><br /><font color="#99FFFF">5問目</font><br />02W杯で日本代表の大会期間中のベースキャンプ地となった「葛城北の丸」ですが、何県にある宿泊施設でしょうか？<br /><br />A.<font color="#000033">静岡県</font><br /><br /><font color="#99FFFF">6問目</font><br />02W杯で小泉首相が生で観戦した時の相手チームはどこだったでしょうか？<br /><br />A.<font color="#000033">ロシア戦</font><br /><br /><font color="#99FFFF">7問目</font><br />02W杯のベルギー戦を観戦したあるプロ野球選手が翌日風邪をひいたため出場予定だった試合を欠場し首脳陣の大目玉を食らいます。そのプロ野球選手とは誰だったでしょうか？<br /><br />A.<font color="#000033">ヤクルトの藤井選手</font><br /><br /><font color="#99FFFF">8問目</font><br />02W杯、日本代表はトルコに破れ大会を去ります。さて、この試合の主審は誰だったでしょうか？<br /><br />A.<font color="#000033">コッリーナさん</font><br /><br /><font color="#99FFFF">9問目</font><br />06年、日本代表は3回連続3度目のW杯に臨みます。さて、今回のW杯で日本と同じ3度目の出場となる国は全部で4カ国あるのですが、日本、クロアチア、イランともう一つどこでしょうか？<br />下のリストから選んでください。<br /><オーストラリア・ポーランド・コスタリカ・チェコ・スイス・ポルトガル><br /><br />A.<font color="#000033">コスタリカ<br />（ちなみにオーストラリア2度目、ポルトガル4度目、チェコ7度目、スイス8度目、ポーランド9度目です。）</font><br /><br /><font color="#99FFFF">10問目</font><br />日本代表がW杯の予選に初めて参加してから、約50年の月日が流れました。<br />その間の予選で日本代表があげた得点は約150ゴールにのぼります。<br />さて、その記念すべきW杯予選の日本代表第1号ゴールを1954年の韓国戦で得点した選手は誰だったでしょうか？<br /><br />A.<font color="#000033">長沼健氏</font><br /><br /><br /><br />全10問が終わりましたが、何問正解できたでしょうか？<br />正解数に応じて記念品としてちょっとした画像を用意しました。<br />自分のフォルダを整理していて偶然見つけたサッカーとは全然関係ない画像ですがね・・・<br /><br />正解数が０～３の方は<a href="http://blog-imgs-13.fc2.com/k/e/s/keshigomukun/here.jpg" target="_blank"><font color="#FFFF33">こちら</font></a>をどうぞ<br />正解数が４～６の方は<a href="http://blog-imgs-13.fc2.com/k/e/s/keshigomukun/Slide.jpg" target="_blank"><font color="#FFFF33">こちら</font></a>を<br />正解数が７～９の方は<a href="http://blog-imgs-13.fc2.com/k/e/s/keshigomukun/Batchroom.jpg" target="_blank"><font color="#FFFF00">こちら</font></a><br />おめでとうございます。全問正解の方は<a href="http://blog-imgs-13.fc2.com/k/e/s/keshigomukun/viso.jpg" target="_blank"><font color="#FFFF33">こちら</font></a>をどうぞ。<br /><br />こんな過疎ブログのくだらない企画に付き合って頂いてありがとうございました。 ]]>
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<dc:subject>スポーツ</dc:subject>
<dc:date>2006-02-14T02:06:07+09:00</dc:date>
<dc:creator>keshigomukun</dc:creator>
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<title>ジーコの自伝を読んで</title>
<description> アメリカ戦見ました。個々の選手に責任を求めるより、組織としての未熟さが前面に出てしまった感じがします。前線からのチェックが無く、中盤のプレスも機能せず、波状攻撃に耐え切れなくラインは下がったまま。攻撃も相手選手が攻めあがったスペースを活かせず、ポストにあててもそれが繋がらない。特に前半はこの悪循環に陥っていたように思えます。はっきり言ってジーコの戦術の意図が全く伝わってきませんでした。しかし、アメ
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<![CDATA[ アメリカ戦見ました。<br /><br />個々の選手に責任を求めるより、組織としての未熟さが前面に出てしまった感じがします。<br /><br />前線からのチェックが無く、中盤のプレスも機能せず、波状攻撃に耐え切れなくラインは下がったまま。攻撃も相手選手が攻めあがったスペースを活かせず、ポストにあててもそれが繋がらない。<br />特に前半はこの悪循環に陥っていたように思えます。<br />はっきり言ってジーコの戦術の意図が全く伝わってきませんでした。<br /><br />しかし、アメリカが自力に勝っていたのもまた揺ぎ無い事実です。<br />前半の鬼プレスや、シンプルながらリズムカルで連動性のあるパスなどは見応えがありました。<br />ボクはアメリカの試合を見るのは前回のW杯のメキシコ戦以来2度目で、選手自体も有名どころしか知らないのですが、今日の試合で一番印象に残ったのはやはりアメリカの守備面でした。<br />早いチェックと献身的な運動量で日本に決定機も数的優位も全く作らせず、こぼれ玉の処理も攻撃に繋がるもので全くスキを与えてくれませんでしたね。<br /><br />アメリカはイタリア、ガーナ、チェコとなかなかの強敵揃いの組ですが、これでこの組を見る楽しみが一つ増えたような気がします。<br /><br /><br />...................................................................................................................................<br />さてここからは日本代表とはまったく関係の無い話です。<br />先日、ジーコの自伝を読む機会があったのでその中で印象深かった点を紹介したいと思います。<br />今さら選手としての彼は語るまでもないので、彼の側面を中心にいくつかピックアップしてみました。<br /><br /><font color="#FF66FF">ジーコの憧れの選手</font><br />多くの選手はジーコを憧れの選手としますが、ジーコ自身の憧れの選手は彼の子供時代のフラメンゴの10番だったヂダという選手でした。両足から放たれる強烈で美しい弾道のシュートと、バレエを踊っているような華麗なドリブル、そして紳士的なファンサービスにジーコは虜になったそうです。<br />ジーコの理想とするプレースタイルや選手像は彼に起因するものだそうです。<br /><br /><font color="#FF66FF">幼少期</font><br />ジーコは6歳まで母乳を飲むなど、成長が遅い上に末っ子だったこともあり過保護に育てられます。<br />さらに、サッカーにうちこむあまり中学を2留するなど家族を心配させる面もあったようです。<br /><br /><font color="#FF66FF">ジーコの家族</font><br /><font color="#FFFF66">父ジョゼ</font><br />ジーコの父は地元アマチュアチームの名ゴールキーパーでフラメンゴのスカウトに入団テストを受けてみないかと誘われたこともあるそうです。しかし、彼の職場の社長がフラメンゴのライバルチームのバスコ・ダ・ガマの熱心なサポーターであったため、「フラメンゴを受けるならお前はクビだ！」と言われ泣く泣くプロになるチャンスをあきらたとか。ブラジルらしいエピソードですね。<br />ちなみにジーコは6人兄弟の末っ子として彼の父が51歳の時に生まれますが、彼の父はジーコのことを「最後の一滴」と語ってるそうです。<br />51歳で最後なんですかね・・・そういうもんなんすかね。<br /><br /><font color="#FFFF66">長男ゼッカ</font><br />我々日本人はジーコの兄と言うとエドゥを連想しがちですが、ジーコ自身も認めるように彼のサッカー人生に最も大きな影響を与えたのはこの長男のゼッカでした。ゼッカ自身もプロ選手であったため、彼はジーコの試合を見るたびに毎回厳しいアドバースを贈りました。アドバイスはプレーのみに関わらず、プロ選手としての心構えや人生にまで及びます。例えばジーコがプロテストを兼ねた試合で活躍した後にはこんなことを言っています。<br /><font color="#99FFFF">「ジーコ、お前はプロになってもきっと活躍できるだろう。ただそのためには多くの犠牲を払わなければいけないし、人の何倍も努力が必要だ。お前と同世代の連中が気軽に楽しむ酒やタバコ、それに女の子などの誘惑から自分を守っていく強い精神力も必要だ。子供のお前には酷かもしれないが一流のプロになるためには節制することも一つの試練なんだ。永遠に続くと思えるほどの練習や厳しい規則にも耐えていかなければいけない。何事も我慢することが大事なんだ。いいか、プロとして活躍できる期間は限られたものだ。それを考えると人生のある時期、何かに自分の全てを賭けて生きてみるのも俺は素晴らしいことだと思っている。これはお前が選んだ道なんだ。これからの人生でお前の敵はライバルだけでなくお前自身だということを忘れるな。そして、お前がサッカーで家族を養い社会に認められ、人生の成功者になりたいと思っているんなら、その糧となるサッカーで気を抜くことを絶対に考えるな。何万人というサポーターの厳しい目がお前のプレーに注目してるんだぞ。俺はお前が誰よりもサッカーを愛していることを知っている。だからこそ真摯な態度でサッカーに取り組んで欲しいんだ。お前のサッカーに対する姿勢が全てを決める。いいかジーコ、お前の未来はお前自身が握っているんだぞ。」</font><br />ジーコは多くのことをゼッカから学びました。そして彼の言うことを守り、サッカーで成功します。<br />残念ながらゼッカは1997年に心臓発作で亡くなっています。<br />ジーコは彼の死を未だ受け入れられないとこの本で語っていました。<br /><br /><font color="#FFFF66">三男エドゥー</font><br />現日本代表のテクニカル・アドバイザーの彼ですが、実はセレソンに選出されたこともあります。スピードと創造性を兼ね揃えたFWで、マラドーナ擁するアルゼンチン相手に得点を決めたこともあるそうです。しかし、W杯本大会には一度も選考されていません。<br /><br /><font color="#FFFF66">妻サンドラ</font><br />ジーコと彼女との出会いはジーコ17歳サンドラ14歳にまでさかのぼります。しかし、彼女の両親が異性との交際は15歳まで禁止としていたため二人は少し待つことになります。そして、サンドラ15歳の誕生日の日、二人はワルツを踊り、その後にサンドラの両親のところに交際の許可を得にいったそうです。そしてジーコ22歳サンドラ19歳でめでたく結婚します。<br />ちなみに彼女のお姉さんはエドゥーの嫁さんです。<br />サンドラ自体もエドゥーを介して紹介してもらったとか・・・。<br />なるほど、持ちつ持たれつですね。<br /><br /><font color="#FF66FF">身体的悩み</font><br /><font color="#FFFF66">体格に悩んだ青年時代</font><br />ジーコが16才の時、なんと彼の体重は40kg未満、身長も160cm未満だったそうです。そのため、どうしても当たりを避けるようなプレーが多くなり、存分に彼の持ち味を出し切れない状況にありました。またそれは彼に対する過小評価にも繋がりました。ジーコはチームスタッフや家族と協力して若くして肉体改造に取り組みます。当時、まだ一般的ではなかった食事療法やウェイトトレーニングは彼にとって不安で孤独な毎日でした。彼はこの経験から忍耐を学びます。そしてとうとうそれを乗り越え、翌年には身長が10cm近く伸び、胸板も首筋も見違えるほど太くなったそうです。肉体改造に成功したジーコはこの年22試合で27得点の活躍でユースの得点王に輝きます。<br /><br /><font color="#FFFF66">膝の怪我</font><br />1985年、相手選手のラフプレーにより負った左膝の怪我は彼のサッカー人生を大きく狂わせます。結局、彼は1986年のWCを挟み4度の手術をすることになりました。その期間のリハビリもまた辛いもので、ウツ状態になりかけたと本の中で語っています。<br />2度目の手術をし約1年間のリバビリ期間を過ごして臨んだ1987年6月21日のマラカナンでの復帰戦、彼はPKで得点を挙げます。それはメキシコW杯でのフランス戦で彼がPKを外し、ブラジルが敗退してからちょうど1年後のことでした。<br /><br /><font color="#FF66FF">脱税疑惑</font><br />ウディネーゼ時代、彼は脱税の汚名を着せられます。裁判は最高裁まで進み無罪となるのですが、その事件は彼に深い傷跡を残しました。結局ジーコは、前年イタリアで24試合で19得点を残しMVPを獲得したにも関わらず、2年の契約満了を待ってイタリアを後にするのでした。<br />ちなみにこの脱税事件、多額の資金で外国の選手を獲得することを嫌ったイタリアサッカー協会が裏で糸を引いたとジーコは言っています。<br />真相は分かりませんがね・・・。<br /><br /><font color="#FF66FF">スポーツ庁長官</font><br />現役を引退した彼は当時の政権に要請されスポーツ庁長官に就任します。<br />彼はブラジルの多くの選手が現役引退後に精神的経済的保証の無い悲惨な生活を送っている事実に胸を痛め、選手の福利厚生を目的とした「パス（保有権）法案」を考えます。また、同時にクラブを完全な営利企業とし、経営を健全化するため草案も出します。<br />しかし彼は多くの抵抗や財政的な問題に合い、志半ばにして1年でこの職を辞します。彼はこの時のことを「私は精一杯やったつもりだが、政治で何かを変えるということは特にその必然性が無い人には本当に難しいことだった。」と語っています。<br />ちなみに彼の出した法案はいくつか手を加えられ最終的に「ジーコ法」として制定されたそうです。<br /><br /><font color="#FF66FF">ジーコの日本人観</font><br />※ここは本文のまま載せたいと思います。<br /><font color="#99FFFF">私は一人一人が社会に対して誇りと責任を持って生きている日本人を心から尊敬している。個人の利益よりも常に企業の利益を最優先し、社会秩序を守って規則正しく生活しているその生活態度は、長い歴史と先祖から受け継いできた精神なのだろう。団体行動を重視する考え方は市民としての義務を果たしていく上で非常にうまく機能していた。彼らはお互いを尊敬し合い、協力して日本の社会を作ってきた。私はその誠実な国民性に惹かれていった。</font><br /><br /><br /><br />最後に簡単にボクの感想を・・・。<br />ジーコの人生は決して華やかなものばかりではありませんでした。<br />ここではあまり紹介していませんが、彼は若くして失った親友や恩人の死に傷つき、脱税疑惑やサッカー界に蔓延する悪しき慣習、有名になりすぎたゆえに起こる誹謗中傷にも強く傷つきました。<br />しかし、ジーコがそれを乗り越える強さを持ち揃えていたのもまた事実です。その源となったのは彼自身の精神的な強さであったり、家族や友人のバックアップでした。そこがジーコと他のただの優秀な選手の違いだとボクは考えます。ジーコは選手としての才能は元より、人間としての強さも兼ね揃えた選手でした。<br />また、彼はサッカーで多くの富と名声を得たものの、同時にサッカーにより強く傷つけらることが何度もありました。そして、同じ痛みを自分の選手に味合わせたくないと選手を守ってきました。そんな部分にも彼の人間としての魅力が詰まってるように思われます。<br />覚えているでしょうか？去年のUAE戦で鈴木に対して嘲笑した記者団を「なぜ頑張っている選手を笑えるのか！？」と一喝したことを・・・。<br />さらに、98年のW杯の決勝で最悪なコンディションだったロナウドの起用を最後まで反対し「私たち指導者、指揮官は、選手それぞれの大切な瞬間を一時の判断で弄ぶようなまねは許されない。今日、ロナウドを出場させて、最悪の結果になったら……誰が、彼のその後の人生に対して責任を持つのか？」とジーコが出場回避を提言し続けたことを・・・。<br />また、彼は鹿島時代も契約更正でクビになる選手が出ないように、敢えて選手に厳しく接して成長を促したと言われています。<br /><br />若くして厳しい舞台でサッカーの裏表を見てきたからこそ、彼は自分の周りでサッカーを通じて傷つく人や不幸になる人を見過ごせないのです。そして、より広範囲でその理想を形にするために政治の世界に足を踏み入れたり、「ジーコフットボール・センター」を建てたりもしました。<br />そういった他者に対するリスペクトや、選手やブラジルの子供の未来を心配し、実際に活動し社会に貢献している姿は尊敬に値するとボクは思います。<br />そんなところもW杯をとれなかった悲劇の10番でありながらジーコが世界中で愛されている理由の一つなんじゃないでしょうか？。<br /> ]]>
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<dc:subject>スポーツ</dc:subject>
<dc:date>2006-02-11T22:53:55+09:00</dc:date>
<dc:creator>keshigomukun</dc:creator>
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<title>野球とサッカー。原とジーコ。</title>
<description> 心温まるニュースが飛び込んできました。巨人の原監督と日本代表ジーコ監督が合宿地の宮崎で共にエール交換をしたそうです。「なんだお前はそれだけのことが嬉しいのか？おめでたい奴だな。」と思うかもしれませんが、小学校から高校まで野球をやり今はサッカーの虜となっている自分にとっては微笑ましく映るニュースなのです。今のボクにとっては実際にプレーして楽しむスポーツが野球であり、見て楽しむスポーツがサッカーです。
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<![CDATA[ 心温まる<a href="http://www.sponichi.co.jp/baseball/flash/KFullFlash20060202050.html" target="_blank"><font color="#66FFFF">ニュース</font></a>が飛び込んできました。<br />巨人の原監督と日本代表ジーコ監督が合宿地の宮崎で共にエール交換をしたそうです。<br /><a href="http://blog-imgs-13.fc2.com/k/e/s/keshigomukun/zicohara.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-13.fc2.com/k/e/s/keshigomukun/zicohara.jpg" alt="zicohara.jpg" border="0"></a><br clear="all"><br /><br />「なんだお前はそれだけのことが嬉しいのか？おめでたい奴だな。」と思うかもしれませんが、小学校から高校まで野球をやり今はサッカーの虜となっている自分にとっては微笑ましく映るニュースなのです。<br /><br />今のボクにとっては実際にプレーして楽しむスポーツが野球であり、見て楽しむスポーツがサッカーです。両方それぞれの魅力があり、ボクの生活の中では欠かせない存在です。<br />ただ双方プロスポーツである以上、ファン、人材、メディアへの露出やスポンサーなど有限であるものを確保しなければいけないため、どうしても衝突しなければいけない部分があるのも現実です。そう考えると、片方のみを強く愛している人やこれでご飯を食べている人にとっては、野球とサッカー、決して穏やかな間柄では無いですよね。<br /><br />でも、ボクみたいな両方好きな人間に言わせれば、互いに負けじと切磋琢磨し工夫や努力を重ね、それぞれの舞台でよりハイレベルなものを見せて欲しいという気持ちで一杯です。良いライバルであり続けて欲しいです。おめでたい理想論かもしれませんけどね・・・。<br />だからこういうニュースや、現在改革中の野球界がJリーグや欧州のクラブで行われていることを参考にしたなんてニュースを聞くと、なんとなく嬉しくなってしまいます。お互いの良い部分はどんどん吸収しあって欲しいものです。<br /><br />実はボクは巨人自体は大嫌いなのですが、この原監督にはなかなか好感を持っています。それは既存の概念、古臭い慣習に捕らわれず新しいことに挑戦しようとする気構えを純粋に持っていると感じれるからです。その謙虚な姿勢は今の野球界に最も欠けていたものなのかもしれません。今回のエール交換も記事によると原監督の日本代表への表敬訪問に始まったらしいです。その謙虚な姿勢はサッカーファンにとっては語り草となっている「シェフチェンコ」発言があった2002年のトヨタカップの時のコラムや日記なんかを見ても感じ取れます。（ちなみにトヨタカップのときの原さんの日記はこちらの<a href="http://www.hara-spirit.net/cgi-local/diary/diary.cgi?file=story&key=031215" target="_blank"><font color="#66FFFF">彼の公式サイト</font></a>で見れます。）他競技からも学ぼうとすることは、彼のように野球界にどっぷり使って生きてきた人間にとってプライドが邪魔して難しいように見えるんですがね・・・。とにかく立派な心構えです。<br /><br />さて、一方のジーコ監督はというと、この席でなんと原監督に向かって「読売は昔は嫌いだったが今は応援してるよ」なんてことを言っちゃってくれています。この辺はさすが神様と言うかなんと言うか・・・。<br /><br />ところでジーコの読売嫌いというと恐らくほとんどの人が「唾吐き事件」を思い出すのでは無いでしょうか？鹿島と川崎のチャンピオンシップ２戦目でPKを取られたことに憤慨し、ボールに唾を吐いたこの事件は当時のサッカー界に大きな衝撃を与えました。当時の川淵会長も「ジーコの行為はJリーグに唾を吐いたようなものだ！！」と怒ったそうです。<br /><br />今でもジーコバッシングに使われることのあるこの事件ですが、ボクはただの「審判へのクレーム」で片付けて欲しくないと思っています。彼がそのようなことをした背景には彼の鹿島への愛情や自分の信念、そして読売中心の当時のサッカー界への疑問があったのです。その辺はセバスチャン・モフェット氏の「日本式サッカー革命」にうまくまとめられているので要約して引用したいと思います。少し長いですが詳しい背景を知らなかった人は是非読んでみてください。<br /><br /><font color="#FF0000">S・モフェット著　玉木正之訳「日本式サッカー革命」p72-84より</font><br /><br /><font color="#FFFF66">スキラッチの言葉から、他の外国人たちも実は日本のサッカーを軽蔑し見下してるんじゃないかという「疑惑」が広がった。しかし、たった一人だけ偉大な例外といえる選手がいた。それはジーコだった。<br />スター選手としての素質を持ち、さらに日本のサッカーを発展させたいと思う決意と熱意を兼ねそろえた選手としてジーコは日本のサッカー界が外国人選手に求めるすべてを体現した選手といえた。<br />１９９１年。ジーコは住友金属サッカー部の一員として加わった。日本のマスコミは推定１００万ドルの契約金と５０万ドルの年俸で３年契約と報じた。それは、のちのリネカーの契約の半額を少し上回る程度の内容だった。<br />Jリーグが開幕するとジーコは自分のチームを本当のプロ組織に育て上げるための改革に着手した。試合の前の日には必ず彼は選手と一緒にチームの合宿所に泊まり彼らが飲みに出歩かないようにチェックした。彼はまた、練習を見に来るファンとの付き合い方まで指導した。ファンには必ずサインをしてあげる時間をとること、握手を求められたら必ずしてあげること、写真を求められたら必ず一緒に撮ってあげること・・・などなど。「ファンと一緒に闘ってる事を忘れてはいけない」彼は選手たちにそう語った。また別の機会には、選手に次のような注意も促した。「君たちの責任は日増しに高まっている。われわれはアントラーズという名前だけではなく、鹿島という名前も担っている。その名前を高めなければいけないんだ。」<br /><br />そんなとき一足の泥だらけのサッカーシューズがロッカールームに転がっていたそれを発見した彼は大きなショックをうけその靴を拾い上げ「誰のスパイクだ？」と問いただした。サッカーシューズは全てスポンサーから提供を受けたものでそれが誰のスパイクかは誰も知らなかった。ジーコは子供の頃、フラメンゴの入団試験を受けるときになって初めて父親の友人からサッカーシューズを買ってもらうまで、友達から借りた靴を使っていた。以来、サッカーシューズは彼にとってお守りのような存在だった。ジーコは黙っている選手全員に向かって自分のサッカーシューズを綺麗に磨き上げるように命令した。<br />そして靴袋から自分のシューズを取り出し。選手の前で自ら手本を見せるように磨き始めた。サッカーシューズは丁寧に心を込めて磨かれる価値のあるものなんだと説明しながら、ジーコは心を込めて磨いて見せたのだった。<br /><br />ピッチの上でのジーコの挑戦はさらに見事なものだった。<br />ジーコが住友金属サッカー部に加わった当時、ボールをきちんとコントロールできる選手はほんの少ししかいなかった。自分がピッチのどの位置にいればいいのかをきちんと分かっている選手も数えるほどしかいなかった。しかも技量や戦術を云々するまえにさらに大きな問題があった。それは選手の態度だった。<br />彼らは勝利ということに対して何も考えてないように見えた。さらに悪いことに試合に負けた後でもロッカールームで冗談を飛ばし、笑顔を見せる選手までいた。ジーコは敗戦の後に笑っていた選手を怒鳴りつけた。それから、いつも集団の最前列に立っているブラジル人選手に向かって、我々は試合に対していかに責任を持たなければならないかと言うことを説教し始めた。彼らは、ジーコ自身がブラジルから連れてきた<br />選手たちだった。ジーコはそういう注意の仕方をすることで、自分の口にしていることが決して日本人に対する先入観から生じているものではないことを示したのだ。<br />厳しさを欠いたプレーを繰り返したサントスを、ジーコが叱りつけたこともあった。<br />「あの最後のプレーは、いったいなんだ！もしもブラジルであんなプレーをしたら、お前はブーイングの嵐に見舞われるぞ！お前が金を稼ぐためだけに日本に来ていると考えているなら、それは大きな間違いだ。お前に日本を馬鹿にする権利は無い！とっととブラジルに帰れ！」<br /><br />Jリーグが開幕するまで、ジーコとブラジル人選手の教育によってアントラーズは日本でトップクラスの実力を誇るチームへと変貌した。そして、Jリーグ1年目のファーストステージで１８戦中１３勝をあげ優勝したのだった。<br />その勝因をジーコは次のように語った。<br />「うちの選手たちは、他のチーム以上にプロフェッショナル精神を持って闘う事ができた。」<br /><br />ジーコが何かを成し遂げようとするときの意欲は、執念と言えるほど強かった。<br />そのためにいくつかのトラブルも生じた。形の上では鹿島の一選手に過ぎなかったが彼は自分がクラブの発展に貢献すべく招かれたと考えていた。そのため怪我で試合の欠場を余儀なくされたときでも彼は毎日、選手たちを指導すべく練習場に現れた。これはチームの正式な監督をその役割から締め出すことを意味していた。<br /><br />さらにジーコの権威主義的で高圧的なやり方はエスカレートした。それは通訳の鈴木国弘に対してとった気難しい態度に顕著に現れた。ジーコは鈴木の態度が気に入らなかった。<br />自分がいくら怒りを爆発させても、鈴木は選手と自分の間でクッションの役割を果たそうとして、自分の怒鳴り散らした説教を柔らかいトーンの日本語に直しすぎるとジーコにはそう思えた。そこでジーコは選手の前に通訳を教育しなおさなければいけないと考えた。この教育によって両者の関係は悪化し鈴木は通訳を辞めると反発して脅した。<br /><br />自分の感じているプレッシャーは選手に対する責任感から生じている、とジーコは言う。試合に負けたり契約更正でクビになるような選手が出る事態を、出来る限り避けようとする責任から生じているのだ、と。そしてジーコは、そのような強い責任感を持って選手を教育してきたにも関わらず、その選手たちから勝利を奪い取ろうとしている「敵」が相手チーム以外にも存在すると思いはじめるようになった。<br /><br />ジーコは自信を持って日本のレフリーには偏りがあると確信していた。<br />それが無意識であるにせよ、アントラーズとチャンピオンシップを争っていたライバルであるヴェルディ川崎に偏ってるのは確かだと。<br />１９９３年のセカンドステージでヴェルディが優勝すると、ファーストステージでの優勝チームであるアントラーズとのプレイオフの場が用意された。<br />ジーコはそのチャンピオンシップを裁定する審判を海外から招くべきだと力説した。<br />さらにこのプレイオフが、２試合ともヴェルディが実質的にホームとしていた国立競技場で開催されることについても怒りを心頭させた。が、それらの要求はすべて受け入れられなかった。<br /><br />チャンピオンシップの1試合目、ジーコは怪我で欠場し、結果はヴェルディが２－０で勝利した。２試合目は前半３８分にアルシンドのゴールが決まり、１－０のアントラーズリードで折り返した。あと１点決めれば通産得点が２－２となり追いつける。後半１３分を過ぎたとき、ヴェルディのMFパウロがペナルティ・エリア内でアルシンドを後ろから引き倒した。しかし、レフリーの高田静夫は何の反応も示さなかった。残り１０分となった時、今度はパウロがアントラーズのペナルティ･エリア内で鹿島のディフェンダー賀谷英司ともつれ、派手に転倒した。レフリーはすぐにＰＫを意味するホイッスルを吹き鳴らした。サントスやアルシンドは猛然と抗議したが受け入れられず、ボールはペナルティキックの位置に置かれた。<br />それで十分だった。ジーコにとってはそれが限界だった。<br />彼は一度引退を宣言し、その後カムバックして日本のアマチュア企業サッカーの２部でプレーし、アントラーズを日本でベストチームの一つに育て上げた。アントラーズはその２週間前に横浜フルューゲルスとの天皇杯の決勝で敗れており、ジーコはこのJリーグ年間王者決定戦に全てを賭けていた。しかし、いま、全ての努力が実を結ぼうとしている寸前になって、レフリーがその全ての結果を奪いとろうとしていた。<br />ジーコはペナルティキックの位置に置かれたボールに向かって静かに歩み寄った。<br />そして、ボールのそばに立って身体を少し前倒しに屈めた。それはボールが適切な場所にあるかを確認しているようにも見えた。しかし、そうではなかった。<br />ジーコはボールに向かってペッと唾を吐きかけた。<br /><br />彼はこの試合ですでに一度１枚のイエローカードを受けていた。レフリーの高田は２枚目のイエローカードを彼に与えた。サッカーのプレイでも優雅さと上品さで注目され続けた２５年の選手生活の中で、わずか５度目の退場宣告だった。<br />ジーコはフィールドから去るときレフリーに向かって拍手を送った。<br /><br />退場を宣告されてロッカールームに引き上げてきたジーコは、通訳に向かってチャンピオンシップに敗れたことの意味が自分にとっていかに大きなものであるか、ということを話し始めた。<br />「日本にやってきて以来、私は全精力と全魂をこれに捧げてきた。私は、十分に力を出し切ろうとしない他の外国人選手のようには絶対になりたくなかった。気を緩めたことなど、これまで一瞬たりとも無かった・・・・・・」<br /><br />彼は穏やかに語った。彼の目から涙が溢れ出るのが分かった。</font><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />ボクは遊び以外でサッカーをやったことがないので、ボールに唾を吐くことの重大さを知らないのかもしれません。しかしそれでも、４０歳を超えながらここまで鹿島のために懸命に真剣にプレーしたジーコを安易に責めることはできません。知名度だけで来日し実績を残せず帰っていた選手が当時どれ程いたことか。それを考えるとプロであり続けたジーコの偉大さには敬服します。<br /><br />ちなみにこの文を引用した「日本式サッカー革命」という本ですが、Jリーグ発足前後の事情がミクロな視点で書かれていて、非常に興味深い内容です。ボクのようなリアルタイムではなかなか経緯を追えなかった人間にはおすすめですよ。 ]]>
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<title>ジャパンマネーについて</title>
<description> カズへの手紙web版が更新されていました。いつみても彼の、友人に対する敬意や、感謝の言葉には心を暖かくさせられます。そしてその出会いが自分にどんな影響を与えてくれたか、何を学ばせてくれたか、そこを素直に見つめることが出来る謙虚なその姿勢は、ボク自身の周囲の人間に対する接し方を考えさせてくれます。自分が苦手な人間でも嫌いな人間でも、人から受ける影響は自分を成長させてくれる一つのチャンスなんですよね。で
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<![CDATA[ <a href="http://number.goo.ne.jp/soccer/japan/kazu/20060126-1.html" target="_blank"><font color="#66FFFF">カズへの手紙web版</font></a>が更新されていました。<br /><br />いつみても彼の、友人に対する敬意や、感謝の言葉には心を暖かくさせられます。<br />そしてその出会いが自分にどんな影響を与えてくれたか、何を学ばせてくれたか、そこを素直に見つめることが出来る謙虚なその姿勢は、ボク自身の周囲の人間に対する接し方を考えさせてくれます。<br />自分が苦手な人間でも嫌いな人間でも、人から受ける影響は自分を成長させてくれる一つのチャンスなんですよね。<br />でも、そうポジティブに考えることができず、感情的に終始してしまう自分はまだまだです。<br /><br />さて、最近は日本人の海外移籍の動向が慌しくなってき、ネットなどではジャパンマネーの良し悪しが語られる機会が多いようですが、そんな時はカズのこの言葉を思い出します。<br /><font color="#FFFF00">「昔はそのことを言われるのが嫌で仕方なかった。でも、今はそれも含めて自分なんだと考えることが出来る。それも含めた全てがサッカー選手としての自分なんだ。」</font><br /><br />ジャパンマネーは確かに海外移籍の手助けとなります。しかし同時に移籍先では色眼鏡で見られ、結果を出せなければ現地のマスコミにはマーケティング要員とバッサリ切り捨てられるなど、かなり屈辱的な扱いを受けます。残念ながらこれは日本人である限り当分は逃れられない現実です。<br />しかし、世界中の選手に言葉の問題、文化の問題、食事の問題、宗教や思想の問題など、様々なバックボーンがあるように、言ってみればジャパンマネーもこのバックボーンの一つなんだと思います。日本人だからこそ受ける特権であり試練なのです。<br />そして、カズのようにそれを受け入れた上で、その偏見の目を払拭すべく努力することが大事なんじゃないでしょうか？<br /><br />我々ファンもジャパンマネーを過剰に気にすることなく、選手がグランドで良いプレーを見せてくれることだけを純粋に期待するようにならなければいけないと思います。<br />お金が絡んだ移籍と聞くと皮肉の一つも言いたくなりますが、選手にとっては短いサッカー人生の中での大きなチャンスなのです。一つ一つが彼らの人生の転機です。そのチャンスを逃すまいと移籍に飛びついたとして誰が責めることができるのでしょうか？<br /><br />ファンならばその気持ちを理解し、もっと暖かい目で見守りたいものですね。 ]]>
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<title>MaksimのCDが到着！</title>
<description> 注文していたクロアチアのピアニストMaksimのCD「ヴァリエーションズ」が到着しました。坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」やアテネオリンピックのテーマ曲「オリンピック・ドリーム」が収録されていて今から聴くのが楽しみです。僕は彼のCDを買うのは2枚目なのですが、1枚目に買った「The Piano Player」がとても気に入り、この2枚目を注文することにしました。1975年にクロアチアで生まれクロアチアで育った彼は、90年代序盤
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<![CDATA[ 注文していたクロアチアのピアニストMaksimのCD「ヴァリエーションズ」が到着しました。<br /><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/B0002VL88K.09.LZZZZZZZ.jpg"><br />坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」やアテネオリンピックのテーマ曲「オリンピック・ドリーム」が収録されていて今から聴くのが楽しみです。<br /><br />僕は彼のCDを買うのは2枚目なのですが、1枚目に買った「The Piano Player」がとても気に入り、この2枚目を注文することにしました。<br /><br />1975年にクロアチアで生まれクロアチアで育った彼は、90年代序盤のクロアチア戦争の時も地下室でピアノを弾きながら暮らしたといいます。なんかの映画みたいですね。その後、ザグレブやパリで音楽を学び、クロアチアの現代音楽を弾きこなした1stアルバム「gesture」でクロアチア中の人気を集め、各賞を総なめにします。そして世界デビューとなったアルバム「The Piano Player」で世界的な知名度を得ます。<br /><br />日本にも何度か来日しており、次の来日時には僕も是非見に行きたいなと思っています。<br /><br />この「The Piano Player」は収録曲がクラシックや昔の名曲が中心で、僕みたいな音楽をあまり知らない人でも最初からストレス無く聞くことが出来ます。僕は全曲好きなのですが、特におすすめなのは日本版にボーナストラックとして収録されているバッハの名曲「トッカータとフーガ」。名前は馴染みが無いかもしれませんが、イントロは誰でも知っている超有名曲です。バッハの作品は主にパイプオルガンを使ったものなので、神秘的かつ尊厳があふれる演奏が特徴的なのですが、これを彼のピアノで聞くとリズミカルで情熱的な雰囲気に圧倒されます。<br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00009KPH1/qid=1138454556/sr=8-8/ref=sr_8_xs_ap_i8_xgl15/503-3875079-8759920" target="_blank"><font color="#66FFFF">アマゾン</font></a>で視聴できるのでぜひ聞いてみてください。ただここでは輸入版なので僕のおすすめの「トッカータとフーガ」はありません。<br />こちらの<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000096I2Y/qid=1138454556/sr=8-4/ref=sr_8_xs_ap_i4_xgl74/503-3875079-8759920" target="_blank"><font color="#66FFFF">日本版</font></a>にはちゃんと収録されています。<br /> ]]>
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